有限会社 加賀の醤油醸造元
*会社の沿革
当社の歴史は、江戸時代宝暦二年(1752年)に創業者の直江七右衛門が、現在の石川県金沢市大野町で「直七」という屋号で醤油を造り始めた時に始まります。また、六代目直江七蔵は代々続いた醤油業の傍ら、一時期回船間屋の商いをしており、北前船と呼ばれる廻船で江戸の各間屋と取引をしておりました。
(創業当時北陸地方には醤油の醸造元が一つもなく、醤油は現在の千葉県の野田や銚子から取り寄せていたため、大変高価な品でした。)
北前船が運んでくる良質の原料と霊峰白山の清澄なる伏流水、そして醸造に適した温潤な風土に恵まれて七蔵は加賀百万石の風土にあった醤油造りをめざし、徐々にその醸造技術を確立していきました。
創業当時より加賀藩の藩主前田家には御用達しておりましたし、また徳川家八代将軍吉宗公にも「直七」の醤油を献上したという記録も残っております。この様に「直七」は伝統の味を守り、事業を拡大して代々続いておりました。ところが、第二次世界大戦の時に武器弾薬等の材料として工場から鉄等の色々な資材を没収され、五年間操業できず、また戦後には色々なトラブルが重なり、次第に経営が悪化してきました。
不振に陥っていた「直七」の再建は困難を極め、なかなか解決できない状態が続き、とうとう倒産してしまいました。そうしたなか「直七」の名を残すよりも、その伝統と技術を残さなければならないと考え、その技術と伝統を受け継ぐ会社として候補にあがったのが手塚醤油醸造場でした。
手塚醤油醸造場は、石川県小松市で加賀温泉郷をひかえ順調にその事業を拡大していた手塚酒造場(大正十年創業創業者手塚藤清〉が酒造部とは別に醤油醸造部を造り独立させて、手塚醤油醸造場(昭和三十四年創業 創業者手塚幸弥)を設立したものです。醤油の製造を始めるにあたり、「直七」に数年間修行に行き伝統の製造技術等を学びその技術を確立しました。小松市に帰りその技術をもとに高品質の醤油を造り、順調に発展しておりました。
しかしながら、手塚醤油醸造場は、小松市での地盤もかたまり、知名度もあったので、社名を変える訳にはいきませんでした。「直七」に醤油のいろはを教えてもらった恩義があったのと、「直七」を残したいという思いで、新会社を設立することになり、昭和五十二年三月「直七」の伝統と醸造技術を受け継ぐ会社として「株式会社 直味」を発足いたしました。それ以来、北陸では一番の老舖であるという誇りをもち約二百五十年の伝統を守り、高品質の醤油をお客様にご提供しております。特に、本物志向のお客様にお応えすべく、無添加の商品を中心に製造いたしております。また地元「加賀の味」を皆様に味わって頂だける商品にも力をいれております。
そのように順調に事業を続けてまいりましたところ、当社の主が、心臓病で倒れ(平成14年11月21日にお亡くなりになられた高円宮様と同じ心室細動(重症の不整脈)で緊急入院)約3ヶ月の入院となり、体に「 ICD 」という機械を埋め込みました。そのため無理のできない体になってしまいました。そのことから、今までの仕事を制限しなくてはならなくなり、手広く展開していた事業規模を縮小し、醤油中心でやっていく決意のもと、社名を「有限会社 加賀の醤油醸造元」に変更し、醤油中心主義でやっていくことにいたしました。皆様今後ともよろしくお願いいたします。
「有限会社 加賀の醤油醸造元」は、微力ながら醤油を通して日本の食文化の伝統を守り、その発展に寄与したいと考えております。
*会社概要
商 号 : 有限会社 加賀の醤油醸造元
設 立 : 平成14年4月<創業宝暦二年(1752年)>
資本金 : 300万円
所在地
福井県
富山県
京都府
東京都